強い相互作用によって中間子と原子核が束縛した多体系( 中間子原子・ 中間子原子核)の実験的研究を行っています。特に、擬スカラー中間子と核子・原子核の間の相互作用、有限密度におけるカイラル対称性の部分的回復に興味を持っています。
負の電荷を持つπ中間子は、電磁相互作用によって原子核に束縛されます。特に原子番号の大きな原子核に深く束縛されたπ中間子の軌道半径は原子核半径程度にまで小さくなるため、π中間子と原子核の間に働く斥力的な「強い相互作用」の影響を受け、エネルギー準位が変化します。また、真空中では自発的に破れているカイラル対称性が、有限密度では部分的に回復するとされており、π中間子と原子核の間の相互作用のアイソベクター項の強さが変化すると考えられています。深束縛π中間子原子の精密分光を通じて、有限密度でのカイラル対称性の部分的回復に迫っています。
実験は、理化学研究所RIビームファクトリー (RIBF) ならびに大阪大学核物理研究センター (RCNP) において実施しています。RIBFでは、1996年に深束縛π中間子の観測に初めて成功した際に用いられた(d,
3He)反応を用い、スズ同位体を標的とする系統的研究を行っています。また、RCNPでは、加速エネルギーの制約から(p,
2He)反応を用いていますが、将来的にはキセノンガスを標的とした実験など、他施設では困難なユニークな実験も予定しています。
η中間子は、π中間子と同様、擬スカラー中間子の一種ですが、電荷を持たないため原子を作ることはできません。またπ中間子やK中間子と比べて短寿命であるため、「η中間子ビーム」を作り散乱実験を行うこともできません。η中間子と核子の間に働く相互作用は引力的であることは分かっていますが、その強さはあまりよく定まっていません。一方で、η中間子と核子は、N(1535)核子共鳴と強く結合することは知られているため、原子核中にη中間子を束縛させたη中間子原子核の研究を通じて、有限密度におけるN(1535)核子共鳴の性質を探ることができると期待されています。
J-PARCで(π,N)反応を用いたη中間子原子核の分光実験を計画しています。また、η中間子と核子の散乱長に関する情報を引き出すことを目的として、東北大学電子光理学研究センター
(ELPH) において、光子ビームと重陽子の反応 (γd→ηpn) を調べる実験にも参加しています。
η′中間子も擬スカラー中間子の一種ですが、π中間子やη中間子などがフレーバーSU(3) の8重項に属するのに対し、η′中間子は1重項に属します。また、量子色力学における量子異常の効果により、1重項のη′中間子は8重項の中間子と比べて大きな質量を持ちます。その一方で、量子異常による質量増大とカイラル対称性の破れは密接に関連していることから、有限密度中ではη′中間子の質量が減少するということが理論的に示唆されています。
η′中間子原子核を探索する実験を2014年8月にドイツの重イオン研究所 (GSI) で行いました。2.5GeVの陽子ビームを用い、インクルーシブな(p,d)反応を調べましたが、η′中間子原子核の存在を示すピーク構造は確認されませんでした。その結果から、η′中間子と原子核の相互作用の強さ(原子核中でのη′中間子の質量の減少度合い、η′中間子原子核の寿命に対応)に制限をかけることに成功しました。今後は、η′中間子原子核が高運動量の陽子を放出して崩壊するという性質に着目し、S/N比を向上させた実験を進めていく予定です。また、ELPH
においてもη′中間子原子核を探索する実験の検討を進めています。
原子核の分野では、陽子と中性子の数が釣り合った安定核から大きく離れた不安定核の研究が活発に行われています。その中でも、最近、4つの中性子だけで構成された「テトラ中性子核」が注目を集めています。RIBFにおいてSHARAQスペクトロメータを用いた実験でテトラ中性子核の候補が発見されましたが、今のところ既知の2体力、3体力だけではテトラ中性子核の性質を再現することができません。もしテトラ中性子核の存在が確立されれば、他の原子核ではあまり重要ではなかった新たな3体力や4体力の存在を示唆するものであり、中性子星の状態方程式にも関係するかもしれません。
RIBFでは(
8He,
8Be)という重イオン反応が用いられていますが、J-PARCにおいて(π
-,π
+)反応による二重荷電交換反応を用いた研究を開始しようとしています。1980年代までにπ中間子ビームを用いた研究は多数ありましたがテトラ中性子核の存在を示す結果は得られていませんでした。過去の実験と比べてπ中間子の運動エネルギーを大幅に高めることで、とても壊れやすいテトラ中性子核にとって有利な状況を作り出せるのではないかと考えています。
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