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担当教官 実験 : 今井憲一、村上哲也
理論 : 松柳研一
TA : 中村克郎
よく知られているように、原子核は陽子と中性子(これらをまとめて核子と呼ぶ)から構成されている。しかし、構成粒子が分かれば全て分かるかというと全くもってそうではない。現に、核子間に働く引力である強い相互作用が完全に分かっているわけではないため、核子同士の相互作用から原子核の存在、形状などを説明するにはまだ理論が完全には完成していない。さらにいえば、原子核が本質的に少数多体系、即ち構成粒子が数個から100個のオーダーであることが解析を難しくしている。仮に核子同士の相互作用が完全に分かったとしても構成粒子が複数個あるために解析は困難を極め、それに加えて、構成粒子が多くて200個程度と統計性を考慮するにはサンプルが少なすぎるのである。このような事情からも、原子核は発見から約1世紀近く経つにもかかわらず、今日でも理論実験共に盛んに研究がなされている。
さらに最近では、加速器の発達によって中性子過剰核や不安定核などといった自然界に存在しないような原子核を作り出すことができるようになり、その密度分布や励起状態などを調べることにより核力の性質や原子核内部の構造を明らかにしようという試みも始まっている。理論の面では、quarkモデルからQCDを用いて原子核の性質を明らかにしようとする方法も非常に盛んに行われている。
本年度の課題研究P4では、安定に存在している原子核の形状を見積もることを目標としている。
前述のように原子核は陽子と中性子から構成されている。従って、原子核の形状を測定するには、陽子の密度分布と中性子の密度分布を測定すればよいことになる。陽子は核力以外に電磁相互作用が働くため、電子散乱などを用いて測定することが可能である。一方で、中性子の密度分布の測定には陽子散乱など核力を用いることしかできないが、前述のように核力自体がまだ完全に解明されていないため、中性子の密度分布を測定することは陽子の密度分布を測定することに比べてはるかに難しい。
しかし、これまで行われてきた数々の実験から、原子核内の陽子と中性子の密度分布はほぼ等しいことが分かっている。特に安定で質量数の大きい原子核では、密度が球対称かつfermi関数のように分布すること、さらにいえば中心部分の密度が飽和していることが実験で明らかにされている。
我々の実験ではこの実験事実を踏まえた上で陽子の密度分布を電子散乱から見積もり、中性子の密度分布は陽子の密度分布と同じと考え、そこから原子核の形状を決定しようと考えている。ただし、前述した中性子過剰核では、陽子の密度分布よりも中性子の密度分布が外側に広がっているということが実験で観測されているが、我々が今回形状を見ようとしている原子核は安定な原子核でありこの中性子過剰核のような性質はあてはまらない。
具体的には、電子ビームを原子核ターゲットに照射し、角度ごとに散乱された電子の個数を測定して微分散乱断面積を出し、そこから原子核の形状を決定するform factorを計算する。
本実験では宇治にある京都大学化学研究所のLINAC(線形加速器)100MeVの電子ビームを用いるため当然電子は相対論的に扱わなければならない。従って微分散乱断面積はラザフォード散乱の公式ではなく、QEDから導かれるMott散乱公式を用いる。ただしMott散乱公式は点電荷に対する公式であり、原子核が有限の広がりをもっていることを考慮して、微分散乱断面積にはform factorをかける必要がある。このform factorが原子核の形状をあらわすものであるが、実際には陽子の密度分布を3次元Fourier変換したものとなっている。従って、陽子の密度分布を調べるには、ある密度分布のモデルを立て、それをFourier変換して実験結果から得られるform factorにfittingする、という作業が必要になってくる。問題はどのような密度分布のモデルを使ってfittingするかである。最も簡単なのは、fermi関数を用いることが考えられるが、我々はもう少し理論的にモデルを立てて計算したいと考えている。
シュレーディンガー方程式でポテンシャルを決めてやれば波動関数が求まり、それによって存在確率即ち密度分布が求まる。従って問題は一粒子が感じるポテンシャルをどう決めてやるかということになる。最も簡単なのはWoods-Saxonポテンシャルなどをそのまま当てはめて数値計算させてやることである。しかし我々は一歩すすんで、例えばshell modelなど、原子核を構成粒子の集まりだと考えてモデルを立て、そのモデルに基づいて一つの粒子が感じるポテンシャルをつくっていくことを目標としている。さらに、Hartree-Fock近似を用いて、self-consistentなポテンシャルをつくることができれば尚良いと考えている。
実験の詳細は、LINACで100MeVに加速された電子ビームをターゲットに照射し、散乱された電子をプラスチックシンチレータで検出する。実際には、原子核は励起するので、弾性散乱だけではなく非弾性散乱も起こる。そこで検出する前に磁石で曲げることで、運動量による選別を行い弾性散乱した電子のみのデータを取り出す。
この磁石で曲げるという作業からresolutionは約2MeVとなっており、原子核の第1励起エネルギーがそれよりも小さいターゲットを用いてしまうと、弾性散乱と非弾性散乱の区別をつけることができなくなってしまう。そのようなことを考慮した結果、12C、208Pb、40Ca、16Oの原子核を調べることにした。実際には、Caは潮解性があり、またOは常温で気体でありターゲットとして扱うのが難しいため、実験に用いるターゲットは12C、208Pb、CaO(生石灰)、H2O(水)を考えている。Pbについては本来同位体が多く存在するためにターゲットとして使用するのは難しいが、今回の実験では純粋なものを入手することが可能であったため、それを用いることにした。
実験
Techniques for Nuclear and Particle Physics
Experiments
W.R.Leo,
Springer-Verlag
理論
前期
Shapes and Shells in Nuclear
Structure
Sven Goesta Nilsson and Ingemar Ragnarsson, Cambridge university press
後期
Computational Physics (FORTRAN version)
Steven E. Koonin, Dawn C. Meredith, ABP