-軽原子核におけるクラスター構造と天体核反応の研究-

いくつかの原子核では、原子核の構成要素である陽子と中性子が特異な相関を持ち、 あたかもアルファ粒子 (4He原子核) のクラスターを構成要素とする系であるかのような構造を持った状態が存在することがわかっています。 このクラスター相関は原子核の構造を理解するために重要であるだけでなく、 天体現象や宇宙における元素合成のシナリオとも密接に関係しています。

私たちのグループは原子核に発現するクラスター構造に着目し、主に大阪大学核物理研究センター (RCNP) で実験を行っています。 現在は、加速器からのビームの破砕反応によって生成した天然に存在しない短寿命な原子核の構造を調べる実験や、世界最高品質ビームと高分解能スペクトロメータ Grand Raiden を用いた安定原子核の散乱実験による原子核の共鳴状態の精密測定実験、自己共役核におけるアルファクラスター凝縮状態の探索実験を計画し、そのための検出器開発を推し進めています。




1. 12C原子核の3- (9.64 MeV) 状態のγ崩壊確率の測定

軽い元素の合成過程は12C原子核がクラスター的な構造を持った状態である、励起エネルギー 7.65 MeVの02+状態 (Hoyle state) を経由して進むことが知られています。 しかし、超新星爆発のような高温条件下での元素合成過程を記述するためには、励起エネルギーの高い3- (9.64 MeV) 状態を経由する反応過程も考慮しなければなりません。 この反応の過程を理論計算に取り入れるためには、3-状態からのγ崩壊確率を測定によって明らかにする必要があります。 しかし、先行研究によれば、この状態のγ崩壊確率は10^-7以下と極めて低いとされています。 そのため、多量のバックグラウンド事象を十分に排除することができない既存の検出器系を用いた測定では崩壊確率の決定は不可能です。

そこで私たちのグループでは、0.5 mm厚の薄型固体水素標的と近年注目されているGAGG (Gd3Al2Ga3O12) 結晶を用いた反跳陽子検出器 (Gion)の開発を行い測定の準備を進めています。 固体水素標的の使用によって標的由来のバックグラウンド事象を大幅に低減した上で、反跳粒子検出による粒子識別を行うことで、稀なγ崩壊事象に感度のある精密測定が実現されます。 2016年度には固体水素標的を用いた初めてのテスト実験を実施します。

2. μ-PICを用いた3次飛跡検出器MAIKoアクティブ標的の開発

陽子と中性子の数のバランスが崩れた短寿命原子核の構造は安定な原子核の構造に比べると未だに十分には理解されていません。 その理由の1つには、短寿命の原子核は反応の標的とすることができないため、安定な原子核の研究で有効な既存の手法をそのまま適用することができないということがあります。 ビームとして生成した不安定原子核からその構造を反映した情報を引き出すためには、標的原子核との反応によって放出されるわずかな運動エネルギーしか持たない原子核を検出するための新しい手法を開発する必要があるのです。

そこで私たちのグループでは、ガス検出器であるTPCの検出ガスを反応の標的としても用いるというアクティブ標的というアイデアを採用し、京都大学宇宙線研究室と協力してμ-PIC を用いた新しい検出器MAIKoの開発を進めています。 アクティブ標的を用いることで、反応が起こった地点から放出される低エネルギー粒子の大立体角にわたる検出が実現されます。 MAIKo を用いた実験としては、陽子過剰な10C原子核の構造を解明するための実験と、この手法を安定核に応用して行う24Mg原子核におけるアルファ凝縮状態の探索実験を計画しています。 これまでに、RCNPで安定核ビームを、兵庫県ニュースバル放射光施設でγ線ビームを用いてテスト実験を行いました。 2016年度には不安定核ビームを用いた初めての実験を実施します。

大阪大学核物理研究センターサイクロトロン実験施設