“物質”とは何でしょうか?いきなり曖昧な問から始めましたがよく考えると実は非常に奥の深い問題なのです。定義から考えてみると、物質とは“構造”を持つ実在です。宇宙の始まりとともに生まれた素粒子は大きさ(構造)を持たない最小の構成要素ですが、これらが集まって内部構造を獲得するかどうかで、物質化が可能である世界かが決まります。
そして、この物質化をなし得ているのは所謂“強い相互作用”と呼ばれる普段の生活では触れる機会の無い力です。もちろん、我々の世界では、電磁相互作用や重力相互作用がさらに大きな階層の物質層を作り上げていますが、最初に構造を獲得するのは、この強い相互作用(や核力)が支配する世界なのです。このような物質を日常世界の物質と区別するためにQCD*物質とかバリオン物質、核物質**などと呼びます。これが宇宙で最初にできた物質です。
*QCD (quantum chromodynamics): 量子色力学と呼ばれる強い相互作用を記述する場の量子論に基づいた理論。
**QCD物質、核物質:クオークから成るハドロン(核子を含む)や核子から成る原子核は物質と言えますが、別の言い方をすると有限量子多体系とも言います。特に原子核やハドロンは無限系と区別される事が多いため、QCD物質、核物質と言ったときは狭義的に無限多体系の場合を指すことが多いです。
我々の暮らす地球上では触れる機会の少ない核物質の世界ですが、実は宇宙の活動に目を向けると、核物質が大きな役割を担っていることがわかります。恒星の核融合反応然り、超新星爆発や中性子星に至るまで、地上では電子に閉じ込められておとなしい原子核達ですが、宇宙では大量に集まって活発に活動を今も続けています。
不思議なことに、宇宙という広大な世界で、フェムトスケールという極小の核子達が集まって自己組織化し、秩序だって様々な形態に変容するシステムを作り上げているわけです。そのシステムの一端で我々という存在を形作る元素も作られました。星々のなかで行われる元素合成があって初めて今の形での生命が存在しえたのです。こうしてみると宇宙における物質創生システムも生命現象の類似性でもって表現できるかもしれません。