フェムトスケールに潜む物質の起源を探る

私達のグループでは、
宇宙の主要な構成要素であるバリオン(主に陽子・中性子)からなる核物質の成り立ちやその構造、
ダイナミクスを加速器を使った地上実験を通して解き明かす研究をしています。

キーワード:ESPRI & ESPRI+ project、不安定核、バリオン密度分布、
非対称核物質、中性子物質、中性子星、状態方程式、高分解能 missing mass spectroscopy、などなど

イントロ

“物質”とは何でしょうか?いきなり曖昧な問から始めましたがよく考えると実は非常に奥の深い問題なのです。定義から考えてみると、物質とは“構造”を持つ実在です。宇宙の始まりとともに生まれた素粒子は大きさ(構造)を持たない最小の構成要素ですが、これらが集まって内部構造を獲得するかどうかで、物質化が可能である世界かが決まります。

そして、この物質化をなし得ているのは所謂“強い相互作用”と呼ばれる普段の生活では触れる機会の無い力です。もちろん、我々の世界では、電磁相互作用や重力相互作用がさらに大きな階層の物質層を作り上げていますが、最初に構造を獲得するのは、この強い相互作用(や核力)が支配する世界なのです。このような物質を日常世界の物質と区別するためにQCD*物質とかバリオン物質、核物質**などと呼びます。これが宇宙で最初にできた物質です。

*QCD (quantum chromodynamics): 量子色力学と呼ばれる強い相互作用を記述する場の量子論に基づいた理論。
**QCD物質、核物質:クオークから成るハドロン(核子を含む)や核子から成る原子核は物質と言えますが、別の言い方をすると有限量子多体系とも言います。特に原子核やハドロンは無限系と区別される事が多いため、QCD物質、核物質と言ったときは狭義的に無限多体系の場合を指すことが多いです。

我々の暮らす地球上では触れる機会の少ない核物質の世界ですが、実は宇宙の活動に目を向けると、核物質が大きな役割を担っていることがわかります。恒星の核融合反応然り、超新星爆発や中性子星に至るまで、地上では電子に閉じ込められておとなしい原子核達ですが、宇宙では大量に集まって活発に活動を今も続けています。

不思議なことに、宇宙という広大な世界で、フェムトスケールという極小の核子達が集まって自己組織化し、秩序だって様々な形態に変容するシステムを作り上げているわけです。そのシステムの一端で我々という存在を形作る元素も作られました。星々のなかで行われる元素合成があって初めて今の形での生命が存在しえたのです。こうしてみると宇宙における物質創生システムも生命現象の類似性でもって表現できるかもしれません。

研究について

遠く離れた星々の中で今まさに物質創生が起こっているわけですが、実際に中で何が起こっているのかを理解するには、遠くから観測するだけでは難しいことは容易に想像できるかと思います。

そこで私達は地上の加速器を利用して、宇宙でできているであろう原子核(地上に存在しない。不安定核と呼ばれる。)を人工的に作ることで擬似的に核物質環境を実現し、宇宙で何が起こっているのか、核物質とはどのような“もの”であるのかを実験的に解明する研究をしています。主だった研究内容を挙げてみると、

  • 中性子物質の温度0から有限温度における状態方程式の解明
  • 核物質中で起こる自発的クラスター発現機構の、密度・アイソスピン依存性の研究
  • 稀少RIでの精密反応測定のための新技術及び装置開発

などなどがあります。上記だとよくわからないかもしれませんが、不安定核という有限系でアイソスピン非対称度(陽子密度・中性子密度の偏り)の大きいシステムを通して、無限系の核物質、例えば、宇宙に浮かぶ中性子星の質量存在限界や、内部構造の理解を目指す研究をしています。より詳細について知りたい方は研究室までお気軽にお問い合わせください。

実験について

私達の主な現場は地球上にある加速器施設になります。中でも、多様な原子核を作り出せる、重イオン加速器がある施設が主戦場になります。地上に存在しない原子核(不安定核)も調べる必要があるため、加速した重イオンを別の原子核にぶつけて壊したときにできる破砕片の中から不安定を選別し利用しています。

日本の理化学研究所にあるRIBFは、現在世界で最も多種で大強度の不安定核ビームを作り出せる施設です。RIBFに追いつき追い越せと世界では、ドイツGSIでFAIR、アメリカMSUではFRIBの建設が真っ最中です。有名なニホニウムの発見もこのRIBFでなされました。

我々のグループも、不安定核での高精度反応測定を実現すべく、新しい検出装置(反跳粒子スペクトローメータ;RPS)を開発し、世界で初めての測定を行ってきました(通称ESPRI計画)。2019年度にはついに、不安定核研究におけるフラッグシップ核である132Sn(陽子:50個、中性子:82個)という不安定核での陽子散乱の測定に成功し、現在学生が主導して解析を進めています。現在は、中性子星のシステム(中性子の割合が多い)にさらに近づくためにESPRI+という計画を進行中です。

実験そのものは上で挙げたような重イオン施設で行いますが、ここに至るまでの開発も非常に重要な研究です。得てして実験では新しい技術や検出装置を提案し使うことが多く、その性能を見極めるための試験が欠かせません。そういったときは日本各地にある加速器施設で開発実験を行うことになります。物理だけでなく、装置の開発でも新しいことに挑戦することになるので、幅広い知識に触れることができます。実験についても詳細について知りたい方はお気軽にお問い合わせください。

その他

研究拠点 仁科加速器科学研究センターRIBF(理化学研究所)、大阪大学核物理研究センターRCNP、GSI(ドイツ)、放射線医学総合研究所HIMAC、東北大学CYRIC、ニュースバル放射光施設、など
共同研究 京都大学、京都大学化学研究所、理化学研究所、東京大学CNS、東北大学、大阪大学、東邦大学、GSI、Beihang Univ.、TU Darmstadt
研究室メンバー
(2020年9月)
稲葉健斗(D3)、藤川祐輝(D2)、延與紫世(M2)、土方佑斗(M2)、辻崚太郎(M1)、銭廣十三(AP)
連絡先 銭廣十三
理学部5号館211号室
075-753-3832
juzo@scphys.kyoto-u.ac.jp
文責 銭廣十三