高輝度γ線を用いたハドロン物理

私たちは、強い相互作⽤が⽀配する「ハドロン」という系の不思議を調べ、理解することを⽬標にしています。まずハドロンの説明をしましょう。

比較較的馴染みがある⾔葉だと陽⼦や中性⼦が、このハドロンの仲間です。このハドロンは極めて小さいことが知られていて、例えば陽⼦は1mの1000兆分の1より、さらに⼩さかったりします。一方で驚くべきことに、ハドロンは内部構造を持っています(こんなに小さいのに!)。素粒⼦で有名なクォークや強い相互作⽤を司るグルーオンといった粒⼦を構成要素に含みます。この内部構造を持つということが重要で、構成要素の組み合わせや内部の状態が変化することで、多彩なハドロンが⽣み出されているのです。知っていましたか?

陽子の仲間の数は、今わかっているだけでも数100種類を超えているのです。
多⼤な探究⼼のもと、ハドロンの研究は1世紀以上にも渡り、盛んに⾏われています。ハドロンの研究には

  • あまりに⼩さい。
  • 多くのハドロンは寿命が短く、崩壊して出てくる粒⼦を測定するしかない。
  • 内部にあるクォークは、閉じ込めのため、直接みることはできない。

など、⼤きな困難が伴います。しかし、理論・実験双⽅からの多⼤なアプローチによりようやくハドロンがクォークで構成されるという考え⽅が認められるようになりました。

単純なクォーク模型では、ハドロンは、

  • 3つのクォークで構成されるバリオン
  • クォークとその反粒⼦で構成されるメソン

⼆種類に分類されます。

数100種類あるハドロンは、実はたったの6つの粒⼦を組み合わせてできた複合粒⼦だと主張したのです。単純な模型にも関わらず、質量や反応率など多くのことを説明しました。

昨今、わたしたち研究者が、特に関⼼を寄せるのがエキゾチックハドロンです(図1参照)。単純なクォーク模型を超えた「異種な」ハドロンのため、このように呼ばれます。例えば、4(5)つのクォークで構成されるテトラ(ペンタ)クォークや、メソンバリオンが結合した分⼦状態が、これに属します。エキゾチックハドロンは理論的には20世紀から予想されていました。しかし、現状、実験的に確証できている粒⼦はほとんどありません。存在の可否も⼤変興味深いです。さらに⾔えば、エキゾチック粒⼦をより詳細に調査することで、強い相互作⽤の未知の側⾯に気付けるのではないかと考えています(まだまだ難しいですが…)。

LEPS2グループでは、エキゾチックハドロンの研究をメインに据えながら、様々なハドロン物理を研究対象にしています。特にペンタクォーク候補であるΘ粒⼦の存在の確定に⼼⾎を注いでいます。Θ粒⼦は2003年、前実験であるLEPS実験において、存在が⽰唆された。その真偽を確かめるべく、世界中で加速器実験が⾏われました。報告された結果の中には肯定的なものだけでなく、否定的な報告も多く含まれました。現在、Θ粒⼦の存否は議論中であり、その問題に決着つけることが、LEPS2実験の⼤きな⽬標の⼀つです。この他にもダイバリオンkppの探索や、メソンバリオン分⼦状態Λ(1405)の内部構造の解明などがメインテーマになっています。

この実験グループの特⾊は、ハドロンを切り開くメスとして、光を利⽤している点です。といっても、実際に光でハドロンを切り開いてみている訳ではありません。⾼エネルギーの光⼦(γ線)をビームとして標的に照射すると、ハドロンが⽣成されます。ハドロンは⼀瞬にして崩壊するのですが、この崩壊した粒⼦を観測(*1)することによって、⾒えないはずのハドロンを間接的に「⾒る」のです。光⼦は内部構造を持たないため、光⽣成反応はメカニズムがよく理解されています。それ故に、γ線はハドロンの性質を調べるのに⾮常に適していると⾔えます。

⼀⽅で、光⽣成反応は起こりにくいという⽋点を持ちます。したがって、反応測定には⾼輝度のγ線を⻑期間安定して照射しなければなりません。そこでLEPSグループは、SPring-8の電⼦加速器に着⽬しました。⾼エネルギーの電⼦にレーザーを打ち込み、反射した光⼦をビームとして扱うのです。これにより⾼エネルギー・⾼輝度を両⽴したγ線ビームを得ることに成功しました。さらに、この⼿法は⾼い偏極度を実現できるという利点もあります。ビームの偏極をコントロールすることで、⾮偏極の実験に⽐べ、反応をより詳細に調べることが可能になります。これは複雑なハドロン現象を紐解くのに有利です。

(*1)イメージとしてはビリヤードを想像すると分かり易いかもしれません。⾊とりどりなボールを集め、⾒えないようにします。そこに⽩い⼿⽟をぶつけるのです。この時、⼿⽟の⼊射の速度、出てきたボールの種類、そしてその⽅向などを観察することで、どの種類のボールがどのような配置にあったかを知るのです。このようにして内部の構造を調べます。(簡単のためこのように説明しましたが、実際はかなり異なります。どこがどう違うのかは、じっくり勉強して考えてみてください!)

LEPS2グループの強みは、光⽣成反応測定だけではありません。エキゾチックハドロンのみならず、多様なハドロン物理の観測を可能にする検出器群、ソレノイドスペクトロメータです。ソレノイド磁⽯内部に、最先端の検出器を複数配置したスペクトロメータで、精度の⾼い運動量測定を可能にします。全⻑5m、内径2mの⼤型スペクトロメータを⽤いることで、⼤領域をカバーし、⽣成された粒⼦を効率よく検出します。現在、このスペクトロメータは完成間近となっています(図2参照)。

つまり、今、物理データの取得が始まろうとしているのです。次のステップは取得したデータの解析です。解析にはたくさんのマンパワーが必要となります。ハドロン物理の進展のため、⼤学院⽣を含め、若い研究者の活躍が期待されています。

  • 図1:ハドロンの内部構造。
    エキゾチックハドロンがいま熱い!

  • 図2:ソレノイドスペクトロメータ
    磁⽯中で荷電粒⼦の⾶跡をみることで、運動量を測定する。

  • 図3:LEPS2のメインテーマの⼀つであるΘ粒⼦探索
    ペンタクォーク候補であるΘ粒⼦の探索に⽤いるソレノイドスペクトロメーター。⼀部の学⽣間では、某ジブリ映画になぞらえて「パズー」の愛称で呼ばれてるとかいないとか.......